下町ロケットの後半、ガウディ計画では重要なキャストである桜田章を演じる石倉三郎さん。シュアな演技力はどこで培ったのか。家族さん、そして、石倉三郎の伝説とも言える酒や貯金の話から役作りまで、個性派俳優・石倉三郎さんを裸にしてしまいましょう。

下町ロケット
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石倉三郎の関係、そして奥さんの花菱とは?

石倉三郎さんは、大阪出身ですが、生まれは香川の小豆島です。中卒で東京に出てきてスーパーでバイトをしていた隣が喫茶店で、その店の常連の客が、故高倉健さんだったそうです。それを知ってか知らずが石倉さんも茶店の常連として出入りしていたら、ママさんが健さんに「この人、俳優さんになりたいんだって」と口を利かれ、それがきっかけとなて東映の大部屋俳優となったのです。

しかし、石倉さん、極めて真面目な人間なのでしょう。製作担当の理不尽な態度に切れてしまい、悪態をついて退職する羽目になるのです。

石倉三郎
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下町ロケットでは、心臓弁膜症で僅か17歳という若さの娘を亡くした父親を演じる石倉さんですが、実生活において娘さんがいらっしゃるかは不明です。でも、歌手の長淵剛・志穂美悦子夫妻とは昵懇の仲で、二人の愛娘で女優の長淵文音さんとも家族ぐるみの付き合いをしているようです。

ドラマや映画での共演を通じて昵懇となった長淵・志穂美夫妻が結婚した時には、石倉三郎さんの奥さんが経営する花菱という店で四人に祝宴を上げた仲だそうです。

奥さんもテレビには何度か登場しているそうで、店のPRにも貢献しているでしょうね。その花菱にはよく仲の良い長淵夫妻が立ち寄るとのことなので、興味のある方は是非、お出かけください。

場所は東京・門前仲町にあるそうです。

居酒屋 花菱の情報はこちら

 

石倉三郎の酒豪の伝説と貯金の伝説、そして役作りの伝説

こんなにたくさん「伝説」のある役者さんも珍しいかも。(笑)なにしろ、東映での俳優も四年で辞めてしまった石倉さん。そもそも、高倉健さんの紹介で入った東映です。健さんから名前を一文字いただいて、石倉三郎と名付けたそうですから、頷けます。

さて、その石倉三郎さん、一次はレオナルド熊と組んで「コント・レオナルド」で人気を博しましたが、あの熊さんが、とんでも人間だったようです。

ギャラのピンハネから始まって、別な相棒を連れてバイトに行かれたり、熊さんのドタキャンに悩まされたりと相当苦労を掛けられたようです。

そこで、熊さんとは絶縁して俳優の道を歩むことになったそうです。この絶交は熊さんが亡くなるまで解けるこてゃありませんでした。

桜田章役 石倉三郎
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役者に成り立ての頃、石倉さんは高倉健さんから、役者で成功する道を説かれます。それが「三忍」だそうで、「礼」「冷遇」「暇」に耐えろというもので、この忍耐から役者としての「顔」ができると教わったそうです。

そして、伝説となる「酒」がここに登場するのです。他に趣味も無いので、仕事が無い時の石倉さんは「酒」が唯一の友。もっとも、そうは言っても仕事が無いから暇がある訳で、余裕の飲み代なんて持っているはずがありません。

そこで、何とか酒にありつこうと「たかる」ことを覚えたそうです。つまり、誰かにご馳走になる訳ですね。そして、それは彼の哲学でもありました。笑わせたり、喜ばせたり、いろんな技で酒にありついたというのです。そして、石倉さんの哲学とは俳優で生きていくためのものでもありました。そのくらいの芸ができないで、俳優なんかになれない、というのです。

その酒好きの石倉さんが伝説となった別の逸話もあります。女優の萬田久子さんが京都から石倉さんに「飲みに来ない」と冗談の電話を入れたところ、新幹線に乗って本当に萬田さんが飲んでいる店に行ってしまったのです。酒の席は絶対に断らないという石倉さんのエピソードが伝説を作り上げたとも言えるでしょう。

 

貯金にもまったくの無頓着石倉三郎さんのスタイルです。ここにも彼の哲学があり、「役者は仕事があれば、それでいい。貯金なんて面倒くさいものは要らない」主義なのです。豪快と言えば豪快です。奥さんが何故、居酒屋花菱をやっているのか分かるような気がします。(笑)

そして、最後に残ったのが「役作り」伝説です。これが、またスゴい。(笑)なんと石倉さんは役作りをしないそうです。彼の哲学は「現場主義で出たとこ勝負」なんだそうです。自分の感性を芯に、真剣勝負で演じるのが哲学だそうです。

石倉三郎さんがどんな風に桜田章を演じるのか、後半の下町ロケットは始まったばかりです。

 

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。