いよいよ始まるドラマ「下町ロケット」の後半「ガウディ計画」。キャストにも新たにお笑いの今田耕司や、若手俳優の小泉孝太郎、そしてミュージシャンの世良公則も加わり、「ロケット」から「人工心臓」にテーマを変えて、ますます盛り上がる気運です。

ところで、豪華キャストで多彩な顔触れで話題の「下町ロケット」にビッグニュースが飛び込んできたのです。報道によると、あの元G軍の清原和博が後半の後半、悪役で抜擢になるとすっぱ抜いたのです。

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まだ、真偽の定は確かではありませんが、もし、正式に起用されるとなれば、その時点から「話題」になることは間違いありませんね。そして、最終局面に向かい視聴率も最高を記録するのではないでしょうか。

 

清原和博の苦悩

電気屋さんの息子に生まれ、大阪の岸和田のリトルリーグに入り野球を始めた清原。その後、野球で有名なPL学園に入学し、いきなり高校1年でレギュラーで4番バッターを務めます。あの金属音と共にスタンドに運ぶホームランは年配の人なら未だ記憶から消えてはいないでしょう。

清原の高校進学に対して数多くのスカウトが清原獲得に動いていたといいますから、その才能が伺われるものです。そして、実際に清原は入学したPL高校時代に同僚の桑田真澄と組んで優勝2回、準優勝2回と大きな原動力となりました。

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そして迎えた清原の人生での「もっとも屈辱的な1986年」のドラフト会議、早稲田進学をずっと口にしていた「G軍の裏切り桑田指名」により、逆に口約束を反故にされた清原は奈落の底へ落とされました。その屈辱はそれまでの清原の栄光を粉々に砕きました。

そして、この衝撃的なイベントは、清原和博にとってずっと付いて周ることとなりました。本人もその長い間に忘れようと努力したはずです。しかし、純粋な野球少年だった清原和博は純粋なだけに忘れられない「人生のトラウマ」となっていたのです。

中居正広の番組に出演して、そのお遍路のドキュメンタリーと共に徐々にメディアに復活中の清原和博、ある意味で、G軍は「一人の人間性を葬りさった」と言えると思います。

 

清原和博を変えたもの

その清原も西武ライオンズに入団し、一年目から大活躍します。そして、森・西武の黄金時代の主役を務めました。私は清原には最後まで西武のユニフォームを着ていて欲しかったですね。

清原はその後、FA取得後に憧れのG軍に入団。巨人では松井秀喜や来季G軍の監督となる高橋由伸とMKT砲で活躍しましたが、肉離れなどの故障により、西武時代のような活躍は見せられませんでした。

度重なる内角攻めと死球による乱闘など、試合だけでなくアラカルトでも話題を提供した清原でしたが、徐々にG軍での活躍の場が消えていき、故障も含め試合出場の機会は減ってしまいました。

2005年、遂にG軍から戦力外通告を受けた清原を誘ったのが、往年の名監督、仰木彬でした。清原和博の「引退の花道」を男の引き際として、心配してくれた仰木彬に請われオリックスに入団しました。

しかし、ここで仰木彬監督が亡くなってしまうのです。

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ここでオリックス時代の清原におもしろいエピソードがあるんですよ。実はオリックスはあの吉本興行と業務提携していて、それがきっかけで吉本新喜劇にも出ていたのです。

結局、怪物清原和博も怪我には勝てずに2008年にユニフォームを脱ぐことになりました。そして、引退後は評論家として活躍していた清原ですが、週刊文春に疑惑の記事を書かれ、離婚の憂き目にもあい、子供とも引き裂かれ、ほとんどメディアから消えていたのですが、四国でのお遍路を人生の再出発としました。

一皮剥けた、新しい清原和博が「下町ロケット」で、しかも「悪役」のキャストで帰ってくるとすれば、話題性抜群で、高視聴率が期待できそうです。是非、苦悩の清原和博に新たなチャンスが与えられるように祈る管理人でした。
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